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スリランカ・スタディ・ツアー

絆ジャパンの笠原代表の計らいにより、大好き日本お助け歯隊の活動の一つとしてスリランカ・スタディ・ツアーに行ってきました。

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2011年3月11日の東北大震災を目の当たりにし、ボランティアチーム・大好き日本お助け歯隊を作り活動を続けています。

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スリランカ・スタディ・ツアー

10日間の貴重な体験を通して学んだこと

8月13日(木)に、今回のスタディーツアー参加者、絆JAPANの笠原正好代表、長野県塩尻市からの看護婦、小林さん、そして東日本大震災被災を受けた高校生参加者5人らとともに成田空港を飛び立ちました。


スリランカのコロンボに到着した翌日、J・R・ジャヤワルダナセンターを訪問しました。ジャヤワルダナセイロン国大蔵大臣は、第二次世界大戦後のサンフランシスコ講和条約で4か国による日本の分割統治が決まりかけたとき、「憎しみは憎しみに消え去るのではなく、ただ愛によって消え去るものである」と演説を行い、日本分割統治を回避させた立役者となりました。日本からの観光客も年々増えているものの、もっとこの事実を知るべきです。夜のミーティングでは、高校生たちに「私たちのために時間を割いてお話をしてくれる人に対して、目を見て話を聞くように」と忠告しました。


3日目には古都キャンディにある、仏陀の歯が祀られているという仏歯寺で、1日3回ある礼拝のうちの1回を参拝者で大混雑している中、見物しました。境内で座り込んだ熱心な信徒などが居て、人々の信心深さは日本ではあまり見られません。紅茶畑では500ルピー程度(約500円)の日給で忙しく茶を摘む人、道端では野菜を歩き売りする若者や子供が一生懸命に働いています。その日のナイトミーティングでは、「固定観念から脱し、ブレイクスルーするには何が必要なのか」について話し合い、経験も大事だが、やる気が重要と笠原代表が生徒たちに伝えました。

4日目にはナヌオヤ駅から鉄道に乗車後、バドゥーラから狭い山道を上り、昨年も訪れたパーラワッタ村に行きました。村に到着すると、村人総出で大歓迎してくれました。踊りや太鼓、おやつでおもてなしを受け、点火式や円陣を組んだ儀式に参加。お坊さんの読経に耳を傾けました。


5日目には私が歯科検診を行いました。むし歯がある子の未処置歯が目立つも、歯磨き習得に熱心なお母さんや、落着きのある子供たちが印象的でした。その後各受け入れ先に移り、ホームステイ開始となり、私はアサンカ宅にお邪魔することになりました。



6日目には村の若者とゲームやスポーツをして交流を深めたあと、20年後の自分が何をしているかについてみんなに紙に書いてもらうワークショップを行いました。みんな黙々と作業し、びっしりと将来の自分について書き込んでおり、最後に絆JAPANの笠原代表から、人には「頭の中で思い描いたことを実現させる能力」があるということをみんなに話してもらいました。夜のキャンプファイヤーでは、日本からの男子高校生が誤って火と接触し、やけどをするハプニングがありましたが、日本からの看護師の小林さんや現地の方々のサポートがあり、途中帰国を免れたのです。


7日目には村のみんなとお別れ会を行い、名残惜しい中出発。カタラガマヒンドゥー寺院へ参拝し、お供え物の果物の甘い匂いが立ち込める中、多くの人が並んでいました。夕食の間、案内役のプラシャンが日本でアルバイトをしながら日本語の勉強をしていたときのことを語ってくれ、それと比べて現代の子は親に依存し、自己中心的な考えをしていて悲しいという思いを吐露していました。


8日目には新しい高速道路を通って南下、ゴールにある日本山妙法寺を訪問しました。そこで昨年も生徒たちにお話し下さった浅見住職に本堂に案内いただき、読経のあと今年もお話を聞かせて頂きました。浅見住職は小学校教師を辞め、日本からスリランカに移住し、内戦に際し、平和大行進を指揮しました。「和を以て尊しとするアジアに戻らなければならない。」と住職は訴えます。兵器や軍隊にお金や労力を使うなら、貧困解決のためにこそ使わなければなりません。

その後、約600年前にオランダが造った世界遺産「ゴール城壁」を散策しました。この構造物は保存状態も良く、中世ヨーロッパ風の要塞都市の姿を今に伝えます。2004年のスマトラ沖地震による津波発生の際には、その外壁のために内部は大きな被害を免れました。


9日目には、ヒッカドゥワ郊外にある、スマトラ沖地震後に本願寺がスリランカ政府と共同で建てた津波本願寺仏舎に行き、その後津波犠牲者慰霊碑にて黙祷しました。ここに埋葬された遺体のほとんどが、この近くで止まっていた電車に乗っていて流されてしまった約1650人の乗客の方々なのです。


10日目にはSAWAN SAHANA聾唖学校を訪問しました。まずは、日本から持ち込んだTシャツやルービックキューブ遊具を寄贈しました。サルボダヤスワセタ孤児院には10代で出産した母親たちの子どもが多く、また近親者との子どもが多いのが現状だそうです。孤児院の隣には南アジア最大のボランティア団体本部があり、被災時には世界中から溢れんばかりの救援物資がここに集荷されたそうです。

分刻みのスケジュールの中、コロンボ国際空港には9時に到着し、飛行機は日本を目指して20分遅れではあるが、11時50分に無事飛び立ちました。

スタディーツアーで感じた「本当の幸せとは?」

第2回スリランカスタディーツアーに参加でき、お声をかけていただいた絆JAPAN笠原代表、コーディネーターのプラシャンに感謝いたします。
いくつかのトラブルがあったものの、皆さんの尽力でツアーを最後まで完遂できました。
生徒たちの一段と成長した姿を身近で確認し、着実に大人になっていく経過の一面を見れたような気がします。
自分の時間を大切にしているスリランカの村人たちの笑顔が印象的で、必要以上の裕福さは自分を見つめる時間を失わせるのではないかと考えさせられます。
貴重な体験や歯科検診などユニークな企画もあり、大変有意義でした。来年も行う予定とのことで、是非再参加したいと考えております。


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