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スリランカ・スタディ・ツアー

絆ジャパンの笠原代表の計らいにより、大好き日本お助け歯隊の活動の一つとしてスリランカ・スタディ・ツアーに行ってきました。

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Dr.マッキーのボランティア奮闘記

2011年3月11日の東北大震災を目の当たりにし、ボランティアチーム・大好き日本お助け歯隊を作り活動を続けています。

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スリランカ・スタディ・ツアー

8日間の貴重な体験を通して学んだこと

2014年8月17日(日)から絆ジャパンの笠原代表の計らいにより、大好き日本お助け歯隊の活動の一つとしてスリランカ・スタディ・ツアーに行ってきました。主な目的は、子供たちの中から復興支援を引っ張って行く未来のリーダーを育てることですが、今回のツアーには三つの重要なポイントがありました。一つには2004年のスマトラ島沖地震による津波で亡くなった方たちの遺族との慰霊祭と情報交換会、二つ目は絆ジャパンが集会場を寄贈したパーラワッタ村との交流、そして最後に、少しでもスリランカの歴史・文化・国民について知ることでした。

今回のツアーの主役の子供たちにとっては、スマトラ島沖地震後の突然の津波の襲来と震災以来行われている避難訓練の話、数年前までの内紛の話など、未知との出会いの連続だっただろうと思います。しかし、私の目にはこのツアーでの進行や取りまとめ、意見交換を通して確実に成長している彼らの姿を感じました。

そして今後、今回の旅を通して彼らは日本とスリランカの交流の架け橋となり、更に将来の両国の防災ノウハウを高めることに貢献してくれるだろうという希望を持っております。サポートしていただいた方々、留守の医院を切り盛りしてくれたみんなに心から感謝しています。

Dr.マッキーの熱い想い「スリランカは日本の大恩人です!」

皆さんは、スリランカが日本の大恩人なのをご存知でしょうか?第二次世界大戦後にスリランカは一早く日本と外交関係を結んでくれました。しかし、特筆すべきことは、1951年9月6日のサンフランシスコ講和会議でのことです。

 

この会議に出席していた当時のスリランカ大蔵大臣(後の初代大統領)ジャヤワルダナ氏は、各国が日本に賠償金の要求をし、領土の分割統治を推し進める中、「戦争は、もう過去のものです。やられたらやり返す。憎しみを憎しみで返すだけではいつまでも戦争は終わりません。戦争は憎しみで返すのではなく、優しさ、慈愛で返せば平和になります。 もう憎しみは忘れて慈愛で返していきましょう。素晴らしい日本に復興させることが私達のやるべきことです。」と発言し、賠償金の請求を放棄し、日本を助けてくれました。

また、ジャヤワルダナ氏は、1996年に他界しますが、生前2つの目の片方の角膜をスリランカの人に、そしてもう片方は日本の方に提供してほしいといい残していました。これらのことから今の日本があるのは、スリランカがあるからといっても過言では無いと思います。

 

ですが、日本人の何割がこのことを知ってるのでしょうか? 恥ずかしながら、私は笠原代表から教えていただくまで知りませんでした。そして、その恩を少しでも返せるように、私は今やるべきことの一つはスリランカの支援だと思うようになったのです。

 

Dr.マッキーの8日間のスタディ・ツアーの模様は、ブログからも詳細にご覧になることが出来ます。是非一度ご確認くださいませ!


さらに成長を見せたツアー事後研修

スリランカ・スタディ・ツアーで現地でガイドをしてくれたプラシャンさんが来日し、当院マリン歯科で歓迎した翌日、2014年9月13日(土)、石巻にスリランカ・ツアーの面々が再集結しました。今回のツアーの反省会として、評価すべき点と改善点を出し合いました。

評価すべき点としては「相手を受け入れることを学んだ」、「異なる幸福感を抱き、何をもって幸せと言えるのか考えさせられた」、「日本を客観的に見ることができた」などが挙がりました。

 

改善点としては「予定が多かったため、移動時間が多くなってしまった」、「事前学習をもう少ししておくべきだった」、「津波被害と防災という主旨とは違う部分もあった」などが述べられました。

 

2日目は、2014年12月13日(土)に行われるJICA(国際協力機構)への報告会の発表内容を具体化すべく、打ち合わせを行いました。スリランカの人、宗教、食事、習慣、社会問題について話し合いました。日本と同じ仏教国といえども参拝の仕方に違いがあること、食事は手で食べること、子供が虐待を受けると親から隔離されること等々、幅広い見聞の成果が出ていました。

 

子どもたちからは鋭い意見が出されたり、自主的にミーティングを行ったりするなどの積極的な姿勢が垣間見られました。グループワークの多いツアー事後研修ではありましたが、東北を復興させるようなリーダーは彼らの中からきっと現れてくれると思わせられた研修でもありました。

振り返ることの大切さを実感できた事後研修でした!

充実していたスリランカ・スタディ・ツアーの内容を振り返ることにより、他の参加メンバーが何を感じ、何を考えたのかが明確になったことは、私にとって大きな収穫になりました。新たな発見、想いの共有、おもしろい考えに触れられたことは、普段の立場を忘れて素直な気持ちで、楽しめました!事後研修についてもその模様は、ブログからも詳細にご覧になることが出来ます。


JICAでスリランカスタディツアー報告会

8月に行ったスリランカスタディツアー『絆「架け橋プロジェクト」』報告会が2014年12月13日土曜日にありました。絆ジャパンメンバー、ツアーに参加した生徒たちとその家族の方々など40名近くが集まりました。東京の市ヶ谷にあるJICA本部に着くと、会議室では未開発の国々のボランティア活動の紹介や発表会などをしていました。

4時から、秋山斎さんの司会進行でまず笠原正好、絆ジャパン代表からあいさつがあり、その後マリン歯科スタッフ制作のツアーをまとめたDVDを30分余り流しました。かなり時間をかけて作られた力作で、ツアーに行かなかった方も概要はつかめただろうと思います。その後参加した生徒たちの発表に移り、3人が大人とはまた違う視点での感想を述べていましたが、やはりパーラワッタ村の歓迎が印象深いようでした。


そして、私からツアーの感想を発表する番になり、「予想以上の旅で、昨年の事前体験ツアーの出発3日前にお袋が亡くなるというドラマから始まり、感性豊かな生徒たちとの旅は逆に多くのことを学ばせてもらったくらいでした。沢山の方の援助の上での体験に感謝したいです」と話しました。

後半は、津波の到達地点について後世に警鐘を鳴らし、それが目につき、希望を持てるように、等間隔に桜を植樹していく『陸前高田あの街に桜が咲けば』というタイトルのドキュメンタリーが上映されました。そこでは、桜を植えたい土地の所有者との交渉や資金面の大変な現状が映っていました。

報告会は7時半に終了し、後片づけをして帰りました。こうして、スピーチさせていただく場を与えられ、嬉しく思い、生徒たちにとっても有意義だったのではと思います。

報告会の様子について、ブログからも詳細にご覧になることが出来ます。是非一度ご覧ください!


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