マリン歯科は横須賀市久里浜の歯医者さん。インプラント・歯周病治療など。

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歯周病治療センター横須賀|久里浜・マリン歯科監修

診療Dr.マッキーの想い

本気で歯を治したい方へ
歯科医としての原点
ボランティア医師への道
震災ボランティアでの経験
今後目指す方向性

スリランカ・スタディ・ツアー

絆ジャパンの笠原代表の計らいにより、大好き日本お助け歯隊の活動の一つとしてスリランカ・スタディ・ツアーに行ってきました。

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Dr.マッキーのボランティア奮闘記

2011年3月11日の東北大震災を目の当たりにし、ボランティアチーム・大好き日本お助け歯隊を作り活動を続けています。

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Drマッキーの更なる展望

マリン歯科は、今後も疲弊する歯科界を元気で明るくする助けになれればと思い、最高の診療を提供しようというマッキーの考えのもと、活動していきます。また、引き続き東北の復興支援・自然回復のボランティア、努力ではどうしようもない孤児院・身体の不自由な方の支援などにも尽力を注いでいきたいと考えています。
ここでは、母親を亡くした後、悲しみの最中でもボランティアに奮闘しようとするマッキーの熱い想いを綴っています。

突然の母親の死

平成25年2月21日より、2004年年末に起きたスマトラ島地震による津波で甚大な被害を受けたスリランカに絆ジャパンの笠原代表の計らいでマッキー夫婦は行くことになっていました。

その目的は、未だにスリランカでは屋根のない、またはあばら家レベルの校舎や教室で学んでいる子どもが多くいると聞かされ、その修復や新たな建設の支援ボランティアをしていこうというものでした。そしてその前段階として、現状を実際に見て、大学ではスリランカの歴史や文化を講義で学ぶ予定でした。

そこで、しばらく連絡が取れないかもと思い、お袋の心配を軽減するため、広島にその4日前に会いに帰りました。ところが、お袋との永遠の別れが突然前触れもなくやってきたのです。

昼食の直後から腹痛を訴えるようになり、翌日の2月18日の昼過ぎ、母は亡くなりました。 急遽、スリランカ行きはキャンセル。 笠原代表には多大なご迷惑をおかけすることとなったのです。現在平成26年初めに再度行く予定で笠原代表が計画を進めてくださっているようです。

スリランカとのつながり

なぜスリランカなのかですが、それはマッキーが絆ジャパンの笠原代表と初めて石巻に出向いた道中での会話にきっかけがあります。

「スリランカは日本にとって大恩人なんだよ、知ってるー?一度ね、鎌倉の大仏さんの向かって左手に日本が助けてもらった碑があるから見てね」と教えて頂いて、後日見に行きました。要約すると、第二次世界大戦後スリランカは一早く日本と外交関係を結んだのですが、特筆すべきことは、1951年のサンフランシスコ講和会議でのことです。

終戦後、多くの国が「他国が日本に今、平和を与えるのはもってのほかだ。日本は、例えば北海道はロシア、関東圏はアメリカ、九州はイギリス、四国は中国で分割統治すべきだ」と考えて、賠償金の要求や日本の分割を計画していました。そんな中、この会議に出席していた当時のスリランカ大蔵大臣、後に初代大統領になるジャヤワルダナ氏は「もう過去のものです。やられたらやり返す。憎しみを憎しみで返すだけではいつまでも戦争は終わりません。戦争は憎しみで返すのではなく、優しさ、慈愛で返せば平和になります。 もう憎しみは忘れて慈愛で返していきましょう。素晴らしい日本に復興させることが私達のやるべきことです。」と発言したのです。

ジャヤワルダナ氏は、1996年他界しますが、生前2つの目の片方の角膜をスリランカの人に、そしてもう片方は日本の方に提供してほしいといい残していたのです。

このことを日本人の何割が知ってるのでしょうか? 恥ずかしながら、私は笠原代表から教えていただくまで知らなかったのです。 それはたいへん失礼なことと感じ、せめて今後は想いをスリランカに向けたいと思ったのです。

今後の活動予定

こじんまりしたボランティアチームだから…小回りのきいた、現場に密着したボランティア活動を広げていきたいと思っています。そうする事でまた、お袋が喜んでくれるような気がします。
常に、周囲の方や支えて頂いている方に、明るさ・楽しさ・元気を与え広めるよう努め続けていくことを誓います。 マッキーらしく、マッキーとして、マッキーなんだからやるべきことはわかっています。 ご恩を返していくのが、これからの道です。

1.ミャンマーの孤児院での歯科治療ボランティア

25年11月に三重県で開業されている武田先生からのお誘いで参加する予定でした、ミャンマーのマンダレイやヤンゴンの1000人規模の孤児院を回る歯科治療ボランティアもお袋死去後の手続きのため断念しました。 可能な限り、26年度は同行させて頂く気持ちです。ミャンマーの急速な発展に隠れがちな部分の支援も必要と考えています。

2.東北震災ボランティア

25年は行くことができなかった震災後の東北支援も26年は再開したいと思っています。
お袋を亡くして落胆している私に石巻から励ましのお便りや贈り物を頂き、さらには電話で「マッキーを励まそうと地元のおいしい海産物や野菜で大宴会しようって言ってんのよぉ。みんな、マッキーのこと心配してんのよ。」 と涙がこぼれるありがたいお言葉まで頂きました。
引き続き、温かい心を抱く東北の方々にもその想いをシャワーしていくつもりです。

3.屋久島ウミガメ産卵調査活動、釧路湿原保護、千葉の森林育成

私達は、地球の上に生かさせてもらっている。それなのに、自然や動植物を犠牲にして、より便利により速く、よりぜいたくにと我がまましほうだいです。それを微力ながら、元のナチュラルな状態にし、そして自然をいたわる行動を起こしたいんです。
平成23年後半から参加していた、屋久島のウミガメ産卵調査活動・釧路湿原保護運動、三井物産の千葉県内の森林育成にもより突っ込んで参加し「大好き日本お助け歯隊」らしい活動を進めていきたいと思います。

4.障害者の方の採用

平成25年9月6日、上高地から目指した念願の槍ヶ岳登頂を果たし、降りてきた穂高の町でひょっこり入ったカフェダ・モンデがきっかけを作ってくれました。そこは、若き精神科医・樋端先生の先導で作られたうつ病など精神障害を抱え働くことを受け入れにくい方々に働く場所を提供するカフェだったのです。

その中で働くスタッフさんの優しさ・明るさ・何とも人懐こい笑顔を見て、マリン歯科も努力だけではどうしようもない方に働く場として、働く楽しさ・やりがいを見つける場として、生きる意味を探す場として、当院を提供させて頂くことを思いつきました。

更に、2020年東京オリンピック招致プレゼンテーションをおこなった、パラリンピックを目指している走り幅跳びの佐藤真海選手のプレゼンを聞き、紹介を見て感激感動しました。またその際に、パラリンピックを目指す選手の雇用環境が整っていないという問題があることも知りました。 練習や遠征・大会参加で不定期の休み身体のハンディがネックになり、その辺りの理解が得られにくいそうです。

マリン歯科は、確かに小さな集団でフレキシブルさに欠けるのですが、何とかそのハードルをパラリンピックを目指す選手のように乗り越えて雇用の窓をこじ開けていきたいと決心いたしました。

これからも私達は、色々なことに果敢に挑戦していくつもりです。まだまだ理想の途上ですが、皆様からたくさんのことを学ばせて頂きながら頑張って参ります。マッキーの活動を見て頂き、少しでも皆様が勇気ややる気をさらに持って頂ければ幸いです。「よっし、やったるでー。」

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